|
| ||||||||
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
| ・藍色断罪執行人/没プロローグ |
|
「君にはとある罪状がかかっている」
こいつ、何を言ってるんだろう。 目の前の白衣の男は何が楽しいのか微笑を浮かべ、それが逆に何を考えているのかを不明瞭にしていた。 年は四十台前半。髪の毛には数本、初老の証とも言うべき白髪が混ざっている。 線は細いがヒョロヒョロしたイメージはない。脂肪を削ぎ筋肉が凝縮した無駄の無い体をしていた。 「そしてその罪は死を持って償わなければならない」 教室より二周りは狭い部屋の中。ツンと特異な臭いが鼻に付いた。 この部屋の名が保健室な以上、アルコールや薬品の臭いがするのは仕方のない事なのだろう。 だが、突然呼び出された上に意味不明の話を聞かされている相乗効果で普段よりもそれは濃く感じられた。ついでに言うと、ラーメン臭とその啜る音にもいい加減イライラしてきたが。 「これより執行者が送られる。君はそれから逃げるも闘うも自由だ。ただし、範囲は市内に限定される。つまり外に出るのはルール違反だから注意してね」 執行者。逃げる。闘う。市外逃走はルール違反。 今まで呆気にとられて落ちていた発声器官に電源を入れる。 「ちょっと待てよ石川先生。何、罪状って。俺がなんかした?」 意味わかんないからご説明を、と視線で訴えかける。 「あれ、彼女から事前に事情を聴かなかったかい?」 石川先生は保健室の隅っこでのんきに飯を食ってる闖入者を指差す。 ウェーブのかかったロングヘアを髪ゴムで後ろで適当に束ね、もう幾日も獲物を口にしていない猛獣のような相貌でカップラーメンと格闘している二十台の若い女性。 「……いいえ、何も。つか杉菜さん、今日はお弁当どうしたんですか。青桐の奴が毎日持たせてるはずでしょう?」 なんか聞くことは他にもありそうだが、とりあえず目先の疑問を訊ねてみる。 「んー、今日は私のお店定休日だからお昼は家で食べようと思ったんだけど、センリったらちっとも帰ってこないんだもん。仕方ないから非常食持ってきて――」 水洗トイレよろしく音を立ててスープまで完食する杉菜さん。 「――こっちで食べてたって訳。まったく、どこほっついてんのかしら。悪い女につかまってないかお姉ちゃん心配」 確か奴は入学式後、ツギハギだらけの学校で迷子探しをしてるはずだ。帰ってないというこは捜索が難航しているんだろうか。 「それで、なんでしたっけ。……ああ、なんか執行者がどうとか。なんで俺がそんなのに狙われるってんですか、杉菜さん?」 現実逃避は止めにしよう。それた話を本題に戻す。 「ごめんごめん、準備が忙しくて伝えるの忘れてた。石川、あんたもね、いきなりそんな物騒な事言うんじゃないわよ。瀬川が勘違いしちゃうじゃない」 「じゃあ、罪状ってのは」 石川先生なりの誇張表現で、ただの誤解と? 「んん? いや、それは本当。あんたには人殺しの容疑が掛けられてる。もちろんこっちの世界での話だけどね。で、犯罪者には下るべき罰が待っているのは自明でしょう? もう今頃執行者はこの町にについてて、あんたの事探してるんじゃないかしら」 思考にワイパーがかかって逆に曇った。……ちょっと待って、やっぱ意味わかんない。 僕何にもしてないヨ。 「ごめんね、こんな事になったのはこっちの事情。でもあんたなら多分大丈夫。なんたってあたしの教え子だもの」 多分の部分を強調されても全然説得力ありません。 「……恭介君。大丈夫、僕達は君が無実だということはわかってるよ。訓練だと思って、死ぬ気で頑張ってくれ」 わかってるならどうにかしてくれこの状況。あとどうしてこうなったのかをこっちの納得いくまで説明してくれたら言うことない。いや、あるけど。 「まったく、軟弱者ねぇ。じゃ、後の事は石川、あんたに任せたわよ。瀬川の顔も見たし、あたしはここらでお暇するわ」 ごちそうさまー、とカップラーメンの残骸を片手に退出しようとする杉菜さん。 「え、俺に会いに来たんですか? わざわざ?」 「ええ。この一件が終わるまでお互いに会っちゃいけないもの。最後にお別れしとかないと寂しいでしょ? あたしだってちょっかいだして変な疑いかけられたら困るじゃない」 バイバイと一言残して引き戸が閉められる。 一瞬でもいい人だとか思った俺が馬鹿だった。 しばし、間。 「――恭介君」 なんにも言う言葉がない。 あるのはただ荒れ野原のような荒涼さのみ。 「順を追って説明するから。ほら、君には僕がいるじゃない。元気出しなさい」 ああ、やっぱり大好きだよ石川先生。 ――本気で師事する人間変えようかなぁとか一瞬思ってみたり。 |